2011年07月18日

アッタール「鳥の会議」

ファラド・ウディン・アッタールファラド・ウディン・アッタールは、12世紀、ペルシャのピリチュアルな巡礼者の吟遊詩人です。
「鳥の会議」は、彼がスーフィーの長老たちから学んだ知識を物語にしたものです。
これは、スピリチュアルな真の自己を見つけるための探求の旅の話です。
簡単にあらすじを紹介します。

世界中の鳥たちが集まり、自分たちの王様を探すための大きな会議を開きました。
フーポーという鳥が皆に向かって語りました。
「今まで知られていなかった「シームルグ」という名前の王様がおられます。
その方は神のように素晴らしい方であり、「友」であられます。
その方は、はるか彼方のカーフ山の頂上の宮殿に暮らしておられます。
王様は鳥たちが会いに来るのを待ち焦がれておられます。
長くて危険な旅が必要ですが、私と一緒に、巡礼の旅に挑んで王様に会いに行きましょう。
王様に会うことができると、大きな褒美が与えられます。」

皆は一緒に旅に出かけようと盛り上がりました。
しかし、ナイチンゲールが次のように言いました。
「私は、愛を理解し、それを崇拝することで十分です、
私は強くありません。
それに、今もこの祝福された素晴らしい楽園に住んでいます。」

クジャクが言いました。
「私はかつて天国に住んでいました。
私は今でも天国を憶えていて、それを見つけ続けています」

このように、多くの鳥が言い訳をしました。
フーポーはうわべだけの愛や幸せ、幻想を捨てるように説得しました。
しかし、実際に旅に出たのはわずかな鳥たちだけでした。


鳥達は、最初に、「探求の谷」に向かいました。
ここで、休息もままならないほど、次々と困難が襲い掛かりました。
ここでの試練は、この世界を捨て、所有するすべてを捨てることで、心を浄化することでした。


次に、「愛の谷」に向かいました。
ここで、鳥たちの欲望は火の海に投げ入れられ、燃え尽きました。
ここでの試練は、慈愛のためにすべてをすてることでした。


次に、「理解の谷」に向かいました。
ここでは、鳥たちはそれぞれに異なるコースを進む必要がありました。
ここでの試練は、自分自身の魂に必要な道を直観的に知ることでした。
そしてここで、自我を乗り越え、不死の友(王様)の顔がはっきりと現れました。


次に、「囚われのない谷」に向かいました。
ここでは、厳しい冬の冷たい嵐が吹き荒れています。
ここでの試練は、世俗に対する関心や欲望をなくすことでした。


次に、「統一の名に」に向かいました。
ここでは、不毛な土地で、侵入者たちの首が一所に首輪でつながれていました。
ここでの試練は、放浪する愚者のようになり、神の言葉を聞けるようになることでした。


次に、「困惑の谷」に向かいました。
ここでは、様々な苦痛と不満に蝕まれ、すべてを、自分さえも疑うようになりました。
しかし、その中で愛に満ち溢れていましが、誰を愛しているのか分かりません。
ここでの試練は、スピリチュアルなエゴや勝手な解釈を捨てて、愛を受け入れることでした。


次に、「貧しさと無の谷」に向かいました。
ここでは、足を引きずり、耳は聞こえず、心はなく、何も判断できない状態になりました。
ここでの試練は、自らを失うことで、永遠に安らぎ、世界が存在する秘密を知ることでした。


そしてとうとう、37羽の鳥たちだけが、シームルグの宮殿にたどり着きました。
鳥たちは心身ともにボロボロになっていました。
フーポーは彼らを王様の部屋に案内しました。
しかし、王様の姿は見当たりません。


フーポーは言いました。
「皆さん、「シームルグ」という言葉の意味を知っていますか?」
鳥たちは一斉に気がつきました。
「シームルグ」とは37羽の鳥という意味だったのです。
 

posted by morfo at 00:22| Comment(2) | 番外編(秘儀的物語) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月29日

スペイン童話「白い鸚鵡」

スペインで収集された興味深い童話を紹介します。
解釈はしません。
おそらく、インドやイランの物語からの影響を受けたと推測されています。



裕福な伯爵と妊娠をしている婦人がいました。
伯爵は戦争で家を留守にすることになり、婦人は執事に任せました。
しかし、執事が婦人に迫り、婦人はこれを拒否しました。
婦人は男と女の双子を生みました。
執事は婦人が黒人と浮気をして子供を産んだと、伯爵に嘘の手紙を書きました。
伯爵は子供を殺し、婦人を牢に入れるように返事をしました。
執事は婦人を牢に入れ、双子は殺さずに、箱に入れて川に流しました。
川で魚をとっていた老人が、双子を見つけ、育てました。


それに気づいた執事は、魔女を雇い、二人を殺すように依頼しました。
魔女は妹を騙して、庭に銀の水の出る噴水を作るようにそそのかしました。
そのために、兄を、銀の水の井戸の水を取に行かせました。
兄は途中で老人に出会いました。
その老人は、銀の水の井戸は一匹のライオンが守っていて、ライオンは目が開いている時に眠っているので、その時に水を手に入れるようにと助言しました。
兄は無事に銀の水を手に入れることができ、双子の住む庭には銀の水の出る噴水ができました。


作戦が失敗したことを知った魔女は、今度は、銀のドングリがなる樫の木を庭に生やすようにそそのかしました。
兄は途中で、また老人に会いました。
老人は、馬に乗って行き、樫の木を守る蛇が頭を隠していれば眠っているのでその時にドングリを取ってくるようにと、助言しました。
兄は無事に入手することができ、庭に美しい樫の木が生えました。


また作戦が失敗したことを知った魔女は、今度は、白いオウムを捕まえるようにそそのかしました。
兄は途中で、また老人に会いました。
老人は、たくさんの鳥がとまっている木々がある庭園に出るが、木々に近寄ってはいけない、待っていると白いオウムは丸い石の上にとまり、頭を羽の下に入れるので、その後1分待ってから捕まえないと、石にされてしまう、と助言しました。
しかし、今後は、兄は一瞬早く白いオウムに触れてしまい、石にされてしまいました。


妹は兄が帰ってこないので悲しみ、探しに出かけました。
妹も途中で老人に出会いました。
老人は、妹が兄を助けることができると言いました。
兄に伝えたのと同じように、白いオウムが眠るまで待つように助言しました。
妹は白いオウムを捕まえることに成功しました。
すると、兄だけでなく、すべての人が石から生き返りました。
そこには父の伯爵もいました。


双子は自分たちの境遇を話すと、伯爵はひょっとしたら自分の子ではないかと思いました。
妹に肩にとまっていた白いオウムが、真実が知りたければ、伯爵の妻を牢から出して聞けと言いました。
妻は、自分の子供には星の印がついているので、それで見分けることができると言いました。
双子が伯爵の子供であることが分かり、伯爵家族は白いオウムと共に幸せに暮らしました。
 

posted by morfo at 21:56| Comment(0) | 番外編(秘儀的物語) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月04日

マニ教とオフルマズドの犠牲

バビロニア生まれの預言者マニが興したマニ教は、ミスラ教を変形した宗教で、グノーシス的傾向を持ち、ヘレニズム・ローマ期の東西交流の最後の総合を示しています。
その神話は「原人間の殺害」をはじめ様々な要素を結びつけられていて、強烈なインパクトを持つものに仕上げられています。
3世紀にバビロニアでキリスト教系グノーシス主義の信者の家に生まれたマニは、ゾロアスター、仏陀、イエスに続く3番目で最後の預言者を名乗って、普遍的宗教の確立を目指しました。


マニ教はゾロアスター教によって迫害されましたが、中央アジアを中心に広がり、ウイグルでは国教となりました。
そして、西方ではカトリックと競合する勢力となり、東方では中国でも受け入れられて「明教」と呼ばれました。
当時、真に世界宗教と呼べたのは、マニ教とミスラ教の2つだけです。
マニ教の神話は次のような物語です。


原初の時、光であり善である「偉大な父(ズルワン)」の世界と、闇であり悪であり物質である「闇の王(アフリマン)」の世界が接して存在しました。
ある時、闇が内紛のすえに境界まで来て光の世界を知ると、光を手に入れたいと思ったので、闇は団結して光の世界に攻撃をしかけました。
それで、「偉大なる父」は「闇の王」を撃退するために「生命の母」を生み出し、「生命の母」が第1の使者である「原人間(アフラマズダ)」を生みました。
「原人間」はその「5人の息子(あるいは乙女)」を鎧として境界線で「闇」と戦いました。
そして、まるで毒を盛るようにして、自分達を食べ物として「闇の王」とその5人の息子に与えることにしました。
こうして、闇は攻撃をやめましたが、光が闇に食べられたことで、光と闇の混在が生まれました。


次に、「偉大な父」は第2の使者として、まず「光の友」を、次に「偉大なる建設者(喜悦)」を、次に「生ける霊(ミスラ)」を、次のその「5人の息子」を生み出しました。
「生ける霊」は「原人間」を闇の世界から光の世界に引き上げまさせました。
ですが、まだ1/3の光のかけらが闇の中に残っていたので、これを救出するために、「生ける霊」は「5人の息子」である天使達に闇の悪魔の体から天地を創造させました。
闇に最も損なわれていない部分からは、太陽と月という光を乗せて運ぶ2隻の「渡し船」と恒星天を作りました。
そして、「偉大な父」は、「第3の使者(ミスラ)」を生み出し、「第3の使者」は12宮の霊である「12の処女」を生み、次に、光を闇から分離して上方の光の世界に運ぶために、宇宙を機械状に組織して回転させました。
太陽は光を放って回転しながら物質から光を抽出します。まず、月が光を1ヶ月集めて太陽に運び、次に太陽は恒星天に運びます。
恒星天も回転して、光を神の世界に運んで解放します。


さらに、悪魔に飲み込まれた光を解放するために「第3の使者」は美しい乙女と青年の姿で悪魔の前に現われました。
悪魔は欲情して光を精子などの形で放出しました。
こうして光を船に乗せて救出しましたが、闇が多く含まれていた部分は地に落ちて植物になりました。
そして、すでに身ごもっていた女悪魔は胎児を生んでこれが動物になって、動物が植物を食べました。
ですが、悪魔達は光を渡さないための最良の策を考えました。
まず、男女の悪魔はこの動物を食べて、2人で交わりました。そして、その子を闇の王が食べることで、アダムとイヴを生みました。
人間の姿は神の姿を真似て作って、人間の中にありったけの光を注ぎました。
人間は人間の姿に魅かれて子供を生み続けることで、光は地上に捕まったままになるのです。


ですが、5人の天使達が光の救出を懇願したので、「生ける霊」達は人間を導くために「輝くイエス(神の子)」を送りました。
イエスはアダムに知恵の樹の実を食べさせました。
人間はイエスよって覚醒され、「知性の化身(ヌース)」が光の霊魂を救いにきます。
そして、彼らは自分自身の本性を認識して救われます。
終末には「光の狩人(ミスラ)」あるいは「大いなる思考」と呼ばれる使者が現われて、世界は火による浄化の末、残っていた光は集められて天に昇ります。
一方、物質と悪魔達は球体の中に閉じ込められて、捨てられます。


マニ教によれば、人間の霊魂は悪神を撃退するために犠牲になった原人間と天使の体の一部である光のかけらです。
そして、肉体を持つ人間は、光を奪われずにおこうとした悪魔のおぞましい行為の結果生まれたのです。
ですが、神はすべての光を救い出そうとします。
マニ教の物語は、霊魂の神性とその死をはっきりと示しています。
マニ教では、星の世界は善神が作ったものですが、惑星と地上世界、人間は悪神に由来すると考える点で、グノーシス的傾向があります。

 
posted by morfo at 07:54| Comment(0) | 堕落・救済神話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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