2011年03月16日

成熟の英雄神話

「龍退治」をして成人した英雄は、それだけではどとまらずに新たな旅に出て成熟を目指します。
成熟のための英雄のテーマは、同じく「龍退治」として表されることがあります。
ですが、それが象徴する意味はまったく違います。
これは、利己的な自我を解体して、自我によって制限されてしまった無意識を別の形で統合して、その創造力を獲得することです。
ですから、この場合の龍は、自我を脅かす無意識の力ではなくて、自我の確立によって生まれた龍です。
つまり、凝り固まった自我や社会的価値観、それと結びついた欲望や無意識のコンプレックスなどを表します。
そして、剣はそういった抑圧を認識する洞察力です。

成熟のための「龍退治」のストーリーには、成人のための「龍退治」とは少し違ったニュアンスが出てきます。

例えば、成熟の獲得は、社会的な自我の象徴でもある父に対する反抗、つまり、「父殺し」というテーマと重なります。
ですから、成熟を目指す英雄の父は、神を恐れぬ利己的な態度によって子供が生まれないなどの何らかの不毛の状態にあることが多いのです。あるいは、息子に権力を奪われることを恐れて息子を殺そうとしたりします。
英雄が難題を解決するために旅に出るのは、たいてい自分の希望からではなくて、誰かからの要請などの避けられない事情によってです。
そして最終的には、英雄の成熟の結果、父は死にます。

龍の代わりにより創造性と結びついた牛の象徴が使われることがあります。
それに、剣を使わずに素手で戦ったり、相手を殺さずに手なずけたり、格闘によって相手から何かを得たりといった形も多いのです。
無意識のコンプレックスは制限させるべき存在ではなくて、解放して創造的なものとして獲得すべきだからです。
それに、格闘した相手や得た物を自分の物にせずに神に捧げることも多いのです。
成熟のプロセスは自我の確立ではなくて、自我の放棄を目指すものだからです。
そして、成人の場合と同じく「龍退治」などの後には、「女性の獲得」が続きます。
ですが、この女性は成人によって獲得される花嫁に比べて、より創造的な無意識を象徴する霊的な女性です。

ギリシャ神話の英雄テセウスがその物語の後半で撃退した敵には、成熟のプロセスと関係したものがあります。
テセウスの本当の父はポセイドンで、地上の父アイゲウス王は子に恵まれない境遇でした。
テセウスは従兄弟による殺害を避けるために父親の元を離れて育てられました。
そして、父親はテセウスの帰還の際に死にます。こういったテセウスと父をめぐる状況には、先に書いた成熟の英雄のパターンを読み取れます。

テセウスが成熟を獲得するための最初の敵はプロクルステスです。
彼は人を寝台に寝かせてそこからはみ出た部分を切り落としたり、逆に足なければ無理に体を伸ばしていました。
これは無意識を言葉に、自己を自我イメージによって抑圧することを意味します。
ですから、プロクルステスの撃退には「にせの像に捕らわれる」というテーマの克服があります。

それから、クレタ島のミノス王の宮殿の地下迷路にいる半人半牛のミノタウロスを倒しました。
ミノタウロスは、ミノス王がポセイドン神に捧げるべき牛を自分の物とした報いで、彼の妻が生んだ怪物です。
ミノタウロスは、利己的自我であるミノス王によって生み出された無意識のコンプレックスなのです。
だからこそ、テセウスは無意識の創造的な知であるミノス王の娘のアリアドネの導きによって、ミノタウロスを剣を使わず素手で倒し、アリアドネを得ます。
 
ですが、テセウスは、アリアドネをギリシャに連れていくことができずに、ナクソス島に置き去りにします。アリアドネを獲得できたのは非日常的な意識状態だけの話で、日常生活にまでは彼女を持ち込めなかったのです。
喩えるなら、夢の中で考えついた名案を起きたら忘れてしまった、ようなものです。
アリアドネを解放して不死にするのは後で紹介するディオニュソスです。同様に、テセウスは冥界に捕らわれたペルセポネ(彼女の話も後で紹介します)を誘惑して取り戻そうとしますが、冥界の王ハデスに動けなくされ、かろうじてヘラクレスによって助けられます。
こうしてテセウスは不死を獲得することなく、最期は崖から海に突き落とされて死にます。
不死の探究は、ヘラクレスとディオニュソスに引き継がれます。
 
ヘラクレスは半神半人の英雄です。彼は「12の難題」と呼ばれる偉業をはじめ、多くの難題を解決しました。
彼は赤ん坊の時に蛇を、少年の時にライオンを殺しました。
これは成人のプロセスを示しています。次に彼は12の難題を、まずギリシャ本土で6つ、次にギリシャの辺境で3つ、最期にギリシャ世界の外で3つ解決しています。
この3段階は、最初の2つが、日常的自我の創造性を高めることと、深い無意識の創造性を獲得すること、という成熟の2段階を、そして最後が不死の獲得を示しています。
12の難業では彼は多くの敵を倒していますが、たいてい、何は創造的な物をそこから得たり、捕まえるだけで相手を殺さないのです。
不死の獲得に関しては、後の節で紹介しましょう。

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2011年03月14日

成人の童話

童話には、部族的な成人イニシエーションや龍退治を行う英雄神話と同じ象徴性を持ったものが多くて、歴史的にもおそらくつながっていると思います。
つまり、童話には世俗化した神話や儀礼という側面があるのです。

童話には男の子、もしくは女の子が森の小屋で、恐ろしい存在に呑込まれたり、逆に相手をやっつけたり、相手から逃亡する話が数多くあります。
他にも、女の子が仮死状態の長い眠りに落ちたり機織などによって男性を救ったりする話が数多くあります。
これらは、両親から隔離されて、恐ろしい無意識的な力に触れて、子供として死に、大人としての能力を持って再生するというテーマを持つ成人イニシエーションと類似した童話です。

成人のプロセスを扱った童話の冒頭では、多くの場合、両親(特に主人公と同性の親)が死別や留守をしていたり、王や女王が幽閉されていたり、悪い伯父や継母、大臣に騙されていたり、あるいは彼(女)らに主人公がいじめられていたりします。
これは、主人公がまだ目標とすべき大人の人格を持っていなくて、これから獲得しなければいけないことを象徴しています。

そして主人公は何らかの理由で、森など無意識の領域に向かって出発します。理由は重要ではありません。
主人公が「何才の時に死ぬだろう」といった予言がなされたり、「家から出ないように」とか「どこどこには行かないように」といったタブーがあっても、主人公はそれを守りきれません。
これは、成人による人格の変容が、避けられないものであることを表しています。
女の子が主人公の場合、『赤ずきんちゃん』の赤ずきんや、『白雪姫』の赤リンゴなどが、初潮を暗示しています。

森の中の小屋は決まって登場します。
『ヘンゼルとグレーテル』で森の小屋がお菓子でできていたり、『白雪姫』では小屋の中には食事が用意してあったりします。これは、無意識や自然の豊穰性を表しています。

小屋にいたり、小屋にやってくるのは、大抵は魔女や狼ですが、これは部族的イニシエーションで出てくる怪物やクジラと象徴的には同じです。
魔女や助けにくる猟師、母親には、イニシエーションを司る祖霊も重なります。

部族的なイニシエーションでは子供が怪物に呑込まれ、大人によって助け出されます。
少年が主人公の『親指小僧』では、少年は牛と狼に呑込まれて両親などに助けられます。
少女が主人公の『赤ずきんちゃん』ではおばあさんと赤ずきんちゃんが狼に食べられ、猟師が助けますし、『狼と7匹の小山羊』では6匹の小山羊が狼に食べられ、母羊と1匹の小山羊が助けます。

火あぶりの象徴も童話に出てきます。
かまどの火は地母神による死と再生の象徴です。 
『ヘンゼルとグレーテル』の魔女は2人を炉に入れて焼き殺そうとします。
『灰かぶり姫(シンデレラ)』は文字通り灰にまみれています。

少年が主人公の童話では、「怪物に呑込まれる」テーマよりも、英雄神話の「龍退治」のテーマの方が多く登場します。
つまり、呑込まれた相手(童話では大蛇という形が多いようです)を逆に殺してしまったり、さらには、呑込まれることなく殺すのです。

「怪物に吐き出される」と「龍退治」の中間的な意味で、恐ろしい相手からの「逃走」というテーマがあります。
「逃走」には「怪物に吐き出される」よりも積極的な姿勢がありますが、「龍退治」のように無意識を制限することはありません。
「逃走」は「飛翔」や「疾走」と結びついていますが、これらはシャーマンのトリップに由来し、特定の無意識の力に捕らわれずに、様々な領域を移動する意識の自由さを示しています。
「逃走」には、鳥に助けられた飛翔による逃走、魔法の靴を履いたり、馬に乗っての逃走、動物などに助けられての逃走、何かに変身しての逃走などのヴァリエーションがあります。
それから他にも、何かを投げ捨ててそれを障害物にしての逃走というパターンもあります。この場合、投げ捨てるものは、毛をととのえる櫛のように自然を整理するものであったり、枝を捨てると森になるといった例のように、自然の力を媒介する象徴的な存在であることが多いようです。
 
部族的イニシエーションでは部族の様々な知識を身につけることが要求されますが、童話では、知恵を働かせて恐ろしい相手をやっつける、という形に変形されます。
つまり、知識が知恵へと変形されているのです。

童話の主人公は、異性を助けたり、異性を獲得することも多いのですが、男性と女性では違いがあります。
男性は「剣」などに象徴される言葉の秩序と結びつけて自我を形成すると同時に、「王女(お姫さま)」などに象徴される無意識的な創造性と結びつけて自我を補う「潜在的な人格」を形成します。
これと逆に、女性は「機織」などに象徴される無意識的な創造性と結びつけて自我を形成すると同時に、「王子」などに象徴される言葉の秩序と結びつけて自我を補う「潜在的な人格」を形成します。
「動物が異性の人間に変わって結婚する」テーマも良く見られますが、これは無意識から異性の「潜在的な人格」が形成されて意識的な自我と結びつけられることを意味します。

男性は、龍から女性を救出したり、女性の出す難題を解決したりします。この難題は、多くの場合、他界を訪れることに関係していて、象徴的には死と再生を経なければいけないのです。女
性の場合は、単に眠って男性を待っている場合もありますが、創造的な献身によって男性を動物から人間に変えることもあります。

女性は男性以上に無意識の力に接近して、それを男性に象徴される言葉の秩序に役立てる必要があります。
『白雪姫』では、白雪姫は7人の小人達のために家事を行います。グレーテルもヘンゼルを太らせるために食事を与える役をさせられます。
いずれも女性の家事のテーマが現れています。
『いばら姫』では紡績機の針に指を刺さされて女の子が眠りにつきますが、ここには女性として身につけるべき仕事である糸紡ぎと、子供としての死が示されます。『灰かぶり姫』では灰かぶりは、灰の中から豆を拾い上げる課題を果たします。
つまり、無意識の中から創造性を見出すのです。
『6羽の白鳥(白鳥の王子)』では妹が言葉をしゃべらずに服を編むことによって兄弟を人間に戻します。
この話には無意識的で自然な創造力を役立てて、男性に象徴される言葉の秩序に結びついた潜在的な人格を形成することが、見事に表されています。

この『6羽の白鳥』にも現れていますが、「喋ることのタブー」と「見ることのタブー」は成人のプロセスでも成熟のプロセスでも、神話や童話に世界的に普遍的に存在します。
一般的には、これらはどちらも「無意識に意識的・言語的・日常な秩序を持ち込むことによって、無意識の創造性を破壊しない」ということを象徴しています。
このタブーを破ると、無意識の創造性が意識にもたらされなくなったり、無意識のコンプレックスを生んだり、そのコンプレックスに捕まることにもつながります。
ですから、童話では「異界との交流が閉ざされ」たり、「富を失う」か、もしくは自分自身が「石になる」という結果を招いてしまいます。

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2011年03月11日

成人の英雄神話

男性の成人にとって、部族のイニシエーションで行われる「怪物に呑込まれる」と並んで重要なもう1つのテーマが、英雄神話の成人段階である「龍退治」です。

龍退治は、心理的には、無意識の力を制限して自我を確立するプロセスを象徴します。
ですから、龍を退治する「剣」は無意識をコントロールする言葉の力や知恵を象徴します。
神話では龍は、巨人、牛、大蛇などの姿でも現れます。
「龍退治」に続いて、多くの場合は「花嫁の獲得」のテーマが続きます。
これは、「龍退治」の結果的な側面、つまり、コントロールできる制限された無意識の獲得を象徴します。
「龍退治」はマザー・コンプレックスの克服、つまり、「母殺し」というテーマとも重なります。

「龍退治」は、原始的な部族社会では、ほとんど見られません。彼らにとって怪物や蛇は、創造的な存在であって、倒されるべき悪ではないのです。
龍退治は、多くは国家(王国)的な段階の文化と並行して現れます。
国家社会は部族社会と比べてより抽象的な秩序によって成り立っています。
それを体現する意識的な自我は、部族社会でよりも積極的に言語的な秩序によって無意識をコンロトールする必要があるのです。

国家社会の天地創造の神話では、主神による巨龍退治、巨人退治が語られることが多いようです。
この物語には国家樹立と文化創造と自我確立が重ねて象徴されています。
国家は征服部族と被征服部族からなっていますが、龍退治には、征服部族の神が国家の主神になって、これが悪龍に転落した被征服部族の神々を退治するという側面もあります。

バビロニアの神話では、主神のマルドゥクは、様々な怪物を引き連れた原初の女神で龍神のティアマトを戦いで下して王座を得ます。
マルドゥクは自分を呑み込んだティアマトの体を膨らませて中から滅ぼしました。
この神話には、「怪物に呑み込まれる」から「龍退治」へのテーマの移行を見て取ることができます。

ギリシャ神話では、クロノスが自分の王位を奪われることを恐れて自分達の子を呑み込みます。
ですが、ゼウスは自分の代わりに石をクロノスに呑み込ませ、クロノスから離れて育ち、後に父のクロノスの腹の中から兄弟達を助け出します。
ここには「両親からの隔離」と「怪物に呑込まれ、救出される」の救出する側のテーマを見ることができます。
その後、ゼウスはティタン神族を幽閉して王座を取り、人間に生ませた子ヘラクレスの助けで巨人キュクロプスを滅ぼします。
そして、最後で最強の怪物テュポンを息子のヘルメスの助けで破ります。
ここには「龍退治」のテーマを見ることができます。

ギリシャ神話の英雄テセウスは、父親から離されて育てられ、その物語の前半で様々な敵を撃退します。
これらの敵は、彼を海に沈めようとしたり、八つ裂きにしようとしますが、逆にテセウスにそのようにして殺されます。
ここにもイニシエーションのテーマの変容した姿を見ることができきます。
posted by morfo at 17:20| Comment(0) | 成人と成熟の神話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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