2011年04月24日

ユダヤ教創世記とアダムとエヴァの堕落

正統的なユダヤ教は、人間の霊魂の神性を認めるような神秘主義的な傾向を持ちません。
ですから、神的な原人間などの堕落の神話も持ちませんでした。
ですが、時代を経るごとに、オリエントの様々な宗教の影響を受けていきました。
特にヘレニズム期以降にはオリエントの神秘主義的な宗教の影響を受けた神話や解釈が生れまました。


ユダヤ教の特徴は、唯一神ヤーヴェだけを認めて、当然ながら直接的には女神を認めないことです。
古代には多神教が普通でしたし、ユダヤ人がエジプトにいた時にエジプトで初めて唯一神アトンが信仰されていたので、この影響を受けた可能性があります。
エジプトでアトン信仰が否定され、多神教の戻った時、追放されたアトン信者がユダヤ人になったという説もあります(出エジプトの真相)。


ですが、ユダヤ人が唯一神の信仰を維持したのは、ユダヤ人が迫害され続けたという歴史を持っているからでしょう。
一般に、人間は文化的な危機におちいった時に唯一神にすがって、安定した時にはより現世利益的な様々な豊穰神に頼るからです。
そして、オリエントの様々な民族が母神を信仰していたので、ユダヤ人は自分たちのアイデンティティーをはっきりとさせるために女性的な神性をかたくなに拒否したのでしょう。
実際、出エジプト後にパレスチナに至ってからは、地元のカナーン人の農耕的な宗教、嵐神で穀物神のバアルと地母神のアナトを信仰する宗教と壮絶な争いを経験しています。
ヤーヴェには砂漠の牧畜の神という側面があって、旧約にはカインとアベルの話などに農耕の蔑視と牧畜の尊重がはっきりと読み取れます。


「旧約聖書」の「創世紀」によれば、アダム(「人間」、「土から生まれた者」の意味?)とエヴァ(「生命の母」の意味?)が、それを食べると死すべき存在になってしまうために神が食べることを禁止していた「善悪(善し悪し)を知る樹」の実を、知恵者の蛇の誘惑によって食べてしまう「罪(原罪)」を犯してしまいました。
すると、神は2人が「生命の樹」の実まで食べて神のようになることを怖れて、2人を楽園から追放しました。
こうして人間が死すべきものとなると同時に、大地は呪われたものとなりました。
つまり、人間も世界も「堕落」したのです。


この話を素直に受け止めれば、神は人間が死すべき存在になることを望んでいない一方、人間が神のようになることを怖れる嫉妬深き存在です。
人間は堕落したわけですが、もともと神的な存在であったわけではなくて、逆に人が神に近づこうとしたことが罪なのです。


神秘主義的な発想では、神に近づくことは人間の「使命」ですが、一般のユダヤ、キリスト、イスラム教では、部族文化と同じように、人間が自分の身分を越えて神に近づくことを「おごり」と考えます。
そして、生命の樹の実を食べて神のようになることを目指した神秘主義者を弾圧してきました。
「創世紀」には人間の霊魂に神性を認めるような神秘主義的な思想はありません。


ところで、この神話を神話学的に解釈すれば、まず、「理性(知恵)の獲得が死の発生と同時」であるというお馴染みの構造が見て取れます。
理性の獲得は意識と無意識の分離、軋轢を生んで、これが象徴的に楽園喪失と死につながるのです。


創世紀はギリシャ神話とも似ています。
ヤーヴェとゼウスは愛のない神であって、蛇とプロメテウスはその神にそむいて結果として人間に理性と死をもたらす両義的な存在です。
そして、エヴァはパンドラ同様に死の発生と関係していて、女性が物質的なものの象徴となっています。
創世紀では、2人が知恵の樹の実を食べた後、恥かしさのために神から隠れたと語っています。
そして、神は罰として蛇と人間とを敵対関係に定めました。
つまり、人間は理性の獲得によって、神性への理解をなくしてしまうと同時に、蛇が象徴する無意識の知恵をも失ったのです。


ギリシャ神話の黄金のリンゴを守る竜ラドンや、ギルガメッシュ神話で若返りの草を奪う蛇もそうでしたが、多くのオリエント神話では蛇は生命の樹の実、生命の水を人間から守る存在として現われます。
ですから、分離してしまった蛇と友好関係を取り戻すことで、生命の樹の実を食べることができるようになるのだとも考えられます。
もちろん、これは秘教的な解釈です。


ちなみに、「創世記」ではエデンの園の生命の樹を守るのはケルビムという名の天使です。
オリエントの神話では生命の樹と豊穣の女神は等価な存在で、どちらも聖獣に守護されています。
 



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ゾロアスター教とガヤ・マルタンの殺害

古代からヘレニズム期のほとんどの宗教、秘儀宗教は女性的な神性を重視しています。
ですが、ペルシャのゾロアスター教とその影響を受けたユダヤ教、キリスト教、イスラム教などの啓示宗教は例外です。
ゾロスターは紀元前7Cから18Cくらいに東イランに現われた人物で、世界最古の預言者とも言われています。
ゾロアスターはペルシャの宗教をより抽象的で倫理的な方向に改革しました。
ゾロアスターは「宇宙がやがて完全なものになって悪が滅びる」という、1方向的な時間軸を持った明確な世界観を人類史上始めて打ち立てました。
そのためには、善と悪をはっきりと区別する厳密な倫理的な2元論が要請されます。


その後、ペルシャの宗教はマズダ神を主神に昇格させた「マズダ教」と、より伝統的なミスラを主神とした「ミスラ教(ズルワン主義)」に分裂しました。
誤解もあって、一般に「ゾロアスター教」というとマズダ教を指します。
ゾロアスター教(マズダ教)の神話と世界観は次のようなものです。


最高神で光神の「アフラマズダ(オフルマズド)」が「スプンタ・マンユ」と「アンラ・マンユ(アフリマン)」の双子の2神を生み、この2神が自らの意志で前者が善、後者が悪を選択しました。
ただ、スプンタ・マンユはアフラマズダとほぼ同一視されました。
アンラ・マンユは本来は祖神でしたが、マズダ教では悪神となっています。


暗黒の深淵にいたアンラ・マンユは光の高みにいたアフラマズダを知ると光の国まで昇ってアフラマズダを攻撃しました。
両者は共に無限な存在ですが、アフラマズダは期限を決めて戦うことを提案します。
アフラマズダが聖なる祈りを唱えると、アンラ・マンユは暗黒の深淵に落ちて3000年間、気絶したままになります。


アフラマズダは戦場でもあり牢獄でもある「宇宙」の創造を始めます。
まず最初の3000年で宇宙をまず霊的な見えない世界で創造しました。
アフラマズダは「善思」、「正義」、「敬虔」、「統治」、「完全」、「不滅」という抽象的な原理の性質を持った6大天使を、次に下位の神々などを作りました。


次の3000年で物質的な目に見える世界で創造しました。
物質的な宇宙は天空、水、大地、植物、動物、人間、そして火の順で創造されました。最初の人間は太陽のように光り輝く「ガヤ・マルタン(ガヨーマルト)」です。
このガヤ・マルタンが原人間「アントロポス」の原型です。また、月のように輝く「聖なる雄牛」も創造されました。


アンラ・マンユはやがて復活して軍団とともに宇宙に攻撃を始めます(アンラ・マンユが気絶していたのが3000年、宇宙の創造が6000年ですので、3000年の差がありますが、この理由は不明です)。
彼らはガヤ・マルタンと聖なる牛を殺しました。
ガヤ・マルタンの死体からは様々な金属が生れ、その精液が落ちて大地の女神が受胎して「最初の夫婦(男女)」が生まれます。
一方、聖牛の死体からは穀物や薬草などが生まれました。


アンラ・マンユは宇宙から暗黒の深淵に戻ろうとしましたが、天使達がこれを妨げ、宇宙の中に閉じ込めました。
アンラ・マンユは最初の人間を誘惑して、アンラ・マンユが創造神だと嘘をつくという初めての罪を犯して堕落してしまいました。


人間の魂は死後に、3日間死体のそばに留まって人生を反省します。
その後、審判の場所に進み、ミスラ神らによって裁かれます。
ゾロアスター教の霊魂観はエジプト同様複雑です。
人間は「アフ(エーテル体)」、「バオダハ(アストラル体)」、「ルワン(魂)」、「ダナーエ(霊)」、「フラワシ(守護霊)」の5つからなります。


ルワンは審判を受けた後、善人なら美しい乙女に、悪人なら醜い老婆に向かえられます。これは自分自身のダナーエなのです。
そして、チントワ橋を渡ります。
悪人はこの橋から落ちて地獄に墜ちます。
善人は神々を見て、火によって浄化されて天に昇ります。
こうして共に終末を待ちます。
天国は4段階からなっていて、最高の人間はアフラマズダのいる最高天で不死の甘露を飲むことができます。


アンラ・マンユが宇宙を攻撃し始めて3000年後にゾロアスターが生れ、宇宙は良い方向に向い始めます。
彼の死後、千年ごとに、霊界に保存されていたゾロアスターの精子が地上の処女に受胎されて救世主「サオシャント」が降臨し、宇宙は徐々に良くなり、3人目のサオシャントが現れる3000年後に、つまり宇宙が創造されて1万2000年後に終末を向かえます。
ただ、それぞれの1000年の間では、宇宙は「黄金の時代」、「銀の時代」、「鋼の時代」、「鉄の時代」を経て悪化し、ゾロアスター教への崇拝も衰退して社会は混沌とします。
ですが、最後には正しい王子が現れて秩序を回復し、新しい救世主を向かえます。


そして終末には、まず、救世主が現われて57年に渡る神聖な統治を行います。
そして、アンラ・マンユとの最終戦争が行われます。
彗星が大地に激突して溶鉱が噴出し、善神側は悪神側の龍をこの溶鉱で退治します。
同時に、すべての死者が肉体を持って復活して最後の審判を受けます。そして、再度、今度は肉体を持って3日間天国と地獄に送られます。
そして、溶鉱によって地上の人々も審判を受けます。善人はこれを温かく心地よく感じ、悪人はこれに焼かれて結局は浄化されます。
そして、溶鉱は地獄にまで流れてすべてを浄化し、悪は無力化されて宇宙から追放され、その通路も塞がれます。
こうして世界は完全なものとして立て直されて、人間はサオシャントに聖牛の脂と生命の樹からとれるハオマ酒を飲まされて不死になります。


ゾロアスター教の神話では、堕落するのは原人間(多分、これは両性具有的存在でしょう)ではなくて最初の人間の夫婦(男女)です。
原人間は殺害されて人間の起源となります。
これは、人間の霊魂が神的なものであるという秘儀宗教と同じ考えを示すよりも、人間が本来は善の側に属するという考え方を示しているように思えます。
ですから、人間の勤めは霊魂の神性を直観することよりも、善なる行いをすることなのです。
ですが、人間の霊魂の奥底には守護霊であるフラワシが存在するので、これが神と人間をつなぐ霊的な働きをすると考えられました。  


ゾロアスター教では物質世界はアフラマズダが悪を克服するために作ったものとして肯定的に考えます。
ですから、終末における復活も肉体で行われますし、物質世界は消滅させられることもないのです。
また、ゾロアスター教では禁欲そのものを主張することもありません。 


ゾロアスター教が勢力を持ったのは東ペルシャだけで、他の地域ではミスラ教の方が優勢でした。
ですが、言うでもなく、救世主と終末の到来、神聖な統治(千年王国)、最終戦争、死者の復活、最期の審判、神の国、墜天使、聖餐などは、ゾロアスター教、あるいはズルワン主義からからユダヤ、キリスト、イスラム教、ヒンドゥー教、大乗仏教、道教に伝わったものです。

*姉妹ブログ「神秘主義思想史」のページも参考してください。
ゾロアスター教の宇宙論:時間
ゾロアスター教の宇宙論:パンテオン
ゾロアスター教の宇宙論:空間

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2011年04月21日

原人間アントロポス

神話には「原人間」、「最初の人間」、「地上の(堕落した)最初の人間」、「祖神」、「トーテム祖先」、「始祖」、といった現在の人間の起源になった様々な存在が語られます。
これらは潜在的で普遍的な純粋な霊魂を表します。
中でも「原人間」と呼ばれる存在は、現在の人間とはまったく異なる最も根源的な存在です。
この「原人間」はどんな存在なのでしょうか?
非精神的で胎児的な存在と考えられることもあれば、神に近い光を放つ存在と考えられることもあります。


旧約聖書では神が泥をこねて人間を作りましたし、バビロニアの神話では悪竜の血から人間が生まれました。
このように人間の起源や人間の存在を低いものとして考えることはごく一般的です。
ですが、人間やその霊魂が本来神的なものであると考える時、神話には至高神に等しいような存在としての「原人間」が現われます。
この原人間は神的世界に存在する人間の原型としての本来の姿であるので、単に「人間」と表現してもかまわないのですが、分かりやすく「原人間」と表現しましょう。
この「原人間」はギリシャ語では「アントロポス」と呼ばれます。
アントロポスは至高神からその本質を受け継いで生まれた最初の存在で、「神の(一人)子」、「子の神(子である神)」と表現されることもあります。
神の「似像」だとも、神が自分自身を見て生んだ存在だとも考えられました。


原初の神的な巨人が殺されて宇宙や生命が生まれたとする神話や、文化英雄による文化の獲得と共に人間が堕落した(死すべき存在になった)といった神話をもとに、新たな 原人間の「堕落神話」が生まれたのでしょう。
「堕落神話」は、霊魂が地上の人間として生まれることになったことの起源を、アントロポスやそれに似た存在が、天上から堕落したことに求めます。
この堕落する存在は、アントロポスやアントロポスから生まれた男女一対の人間「原夫婦」の場合もありますし、または、女性的な霊的な知恵である「ソフィア」の場合もあります。

アントロポスなどは、地上や地上に映った自分の姿に魅力を感じてしまうなどの、自分自身の理由から堕落して囚われてしまうこともあれば、悪神などによって無理やり囚われたり、殺害されたりすることもあります。
前者は悪神を認めない1元論的な考え方、後者は善悪2元論的な考え方の場合です。


このように人間の霊魂の起源を歴史的、宇宙論的にはっきりと語れば、当然、終末をも語る必要が生まれます。
こうして、霊魂の天上への復帰としての救済を、個人だけではなくて宇宙全体の問題として考えて「終末論」の予言が生まれます。
終末にはアントロポスやそれに似た存在が、「救世主」あるいは神の王国の「統治者」として再来するという考えもあります。
新約聖書ではイエスを、旧約聖書の黙示録「ダニエル書」の表現を受け継いで、「人の子(原人間である神の子?)」と表現しましたが、この考え方の背景にはアントロポス再来の神話があるかもしれません。
つまり、過去形の「アントロポス」は現在形としては預言者として、未来形としては「救世主」としてあらわれるのです。


こういった終末論を語る宗教は、預言者が神秘的な体験で見たヴィジョンを信仰する「啓示宗教」という形をとります。
ですが、「秘儀神話」と「堕落・救済神話」の本質的なテーマは同じですから、秘儀宗教もその教義の部分は堕落・救済神話を持つ啓示宗教と似ています。
 

posted by morfo at 23:11| Comment(0) | 堕落・救済神話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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