ディオニュソス神自身は、クレタ島のミノワ(ミケーネ)文明に由来する古い神で、ギリシャにもBC20C頃には根付いていました。
アポロンの本拠地デルポイにもディオニュソスの聖地があります。
デルポイは、アポロンがやってきて女神から主神の座を奪いましたが、ディオニュソスは豊穣女神の息子として、アポロンが来る前からいたのでしょう。
しかし、その一方で、ギリシャ神話の中では、ディオニュソスは最後に現れた神とされ、彼がブドウ酒を創造することで神々による世界創造が完成したとされます。
ディオニュソスは、ギリシャに再到来したのかもしれません。
最初はその非ギリシャ的な性質のため迫害を受けたようですが、最終的にはゼウスの主権を引き継ぐべき存在という重要な神として受け入れられました。
また、ディオニュソスにはたくさんの異名があって、その代表的なものは「バッコス(=若芽)」や「ザクレウス(=大猟師)」です。
ディオニュソスの神話には、2系統の神話があります。
一般に知られている「神から生まれた人の子、小ディオニュソス」の神話と、オルフェウス教徒の秘伝による「神々の子、大ディオニュソス(ザクレウス)」の神話です。
ディオニュソス秘儀が基づく神話は、前者の神話です。
この項では、小ディオニュソスの神話を紹介しましょう。
各地での様々なエピソードがありますが、その中からいくつかを拾ってみました。
ゼウスが人間であるカドモス王の娘セメレに、ディオニュソスを身ごもらせました。
嫉妬したヘラがセメレを騙して、ゼウスに神の姿のままでセメレと会うように頼ませたので、セメレはゼウスの電光に打たれて死んでしまいました。
ゼウスはセメレの胎内からディオニュソスを救い出して、自分の腿に縫い込んで隠しました。
ゼウスはディオニュソスを生み、ヘルメスを介してセメレの姉妹達に預けて女の子として育てさせましたが、ヘラが彼女達を発狂させて、自分達の息子達を殺させてしまいます。
ゼウスは今度はディオニュソスを仔山羊の姿に変えてニュサのニンフにこっそりと委ねました。
ディオニュソスは成長して、ブドウ栽培とブドウ酒の製法を創始して、ブドウ酒の神となりました。
ヘラはこれに気づいてディオニュソスを狂わせました。
ディオニュソスはフリギアで大女神キュベレ(一説ではレア)によって正気に戻されて、秘儀を伝授されました。
ディオニュソスは女信者達を引き連れて、トラキア、ギリシャへとやってきて伝道しました。
ですが、ボイオティアの王ミニュアスの娘達はディオニュソスの信者を非難しました。
ディオニュソスは乙女の姿になって彼女達を説得しましたが、聞き入れませんでした。
それでディオニュソスは牡牛、ライオン、ヒョウの姿に次々と変身しました。
さすがに彼女達も驚いて、供儀として息子の1人を八つ裂きにした後、山に入って狂気となって鳥に変身しました。
また、トラキアではリュクルゴス王(「狼人」という意味)がディオニュソスを迫害してその乳母を追い回したので、驚いたディオニュソスは海に身を投げました。
ですが、ディオニュソスは王を狂気におとしいれたため、王は息子を切り殺してしまいました。
そして、王も家来達によって八つ裂きにされました。
また、ディオニュソスはその途中で、インドにまで遠征して諸国を征服し、凱旋しました。
その後、ディオニュソスは道案内人プロシュムノスの助けを借りて、冥界にいた母のセメレを救い出しました。
ディオニュソスはプロシュムノスのためにイチジクの木で男根を作ってそれを立てました。
そしてディオニュソスは、セメレと共に天に昇ってオリンポスの神の仲間入りをしました。
また、ディオニュソスはナクソス島に置き去りにされていたアリアドネを妻として、彼女にも不死の神性を与えて女神の仲間入りをさせました」
「小ディオニュソス」の神話では、ディオニュソスは2度生まれ、さらに狂気から再生します。
ディオニュソスという名前には「2度生まれた神」という意味があります。
「大ディオニュソス」の神話と合わせると、ディオニュソスは「3度生まれた神」となりました。