2011年04月06日

女神を殺害して変容させる男性神

狩猟・採集文化では、男性原理は女性原理のために自らを犠牲として捧げることで豊穰が約束されるとする傾向が強いようです。
先に紹介したアッティスの神話や、北欧神話の主神オーディンが世界樹に自らを吊して捧げることで神聖な文字を得神た神話にはこれが表現されています。


一方、男性原理が女性原理を傷つけることで創造性を得るという関係を示す神話もあります。
自然が豊穰力を持つためには、自然を天地創造以前の原初的なカオスの状態にでなく、正しく秩序づけることが必要だと考えているのです。
この自然の秩序は、社会の秩序と一体です。
男性的原理は言葉の力、意識的な秩序を意味して、女性原理は自然や無意識を現わします。これは男性神が女神に死と変容を与えるという物語として表現されます。


イモ類を主食にする栽培文化を反映したインドネシアの『ハイヌヴェレ神話』は次のような物語です。


「ヤシの樹から生まれた女神ハイヌヴェレは、大便で高価なものを次々に生み出しました。
マロ・ダンス(男性達が9重の螺旋状になって踊り、中心にいる女性達から樹の実や葉を受け取るという踊り)の時にも高価なものを男神に手渡しました。
神々はハイヌヴェレを気持ち悪く、ねたましく思って、生き埋めにしました。
これを知ったハイヌヴェレの父親的保護者のアメタは、ハイヌヴェレの死体を堀り出して切り刻んでこれを1つ1つ広場の回りに埋めました。
するとそこから、様々なイモ類など、これまでになかった食用植物が生まれました。
神々の長のムルア・サテネは、ハイヌヴェレの殺害に怒って、神々をマロ・ダンス同様に9重の螺旋を持つ門をくぐらせました。
これをくぐることができた者は人間になり、できなかった者は動物や精霊になりました」


ある原初的な存在の犠牲によって様々なものが生まれる、というテーマは普遍的に存在します。
この神話ではこれが食用植物の起源と、死ぬ運命を持つ人間の起源の2つに結びつけられています。


この神話で面白いのは、女性原理が不毛だから殺害されるのではなくて、豊穰過ぎるから殺害されるところです。
この神話は心理学的には、意識的な秩序である男性原理(人間、イモ)は、無意識(ハイヌヴェレ)の創造性を制限(殺害)することによって成立していることを表していると解釈できます。
マロ・ダンスがつくる中心はカオスに近い創造的な無意識の領域で、外側は人間が住む意識的な秩序の領域です。
無意識は分割されて日常的な創造性を生みます。


日本ではオオゲツヒメ神話がこの神話のヴァリエーションです。
解体した女神像を大地に埋める儀礼が世界的に見られますが、この儀礼はこの神話と関係しています。


この「八つ裂きにされ穀物を生む女神」のテーマは、「大地の耕作」とも結びつきます。
つまり、地母神は耕作によって傷つけられることによって、穀物を育むのです。
耕作の鍬を男根の象徴と考えることもあります。
 

posted by morfo at 23:21| Comment(0) | 豊穣と循環の神話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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